日曜日・・・ブログにも書いているが、父の従兄弟さんが、ひ孫迄伴い、来訪された・・・
我家が、従兄弟さんたちから見れば、本家に成る。
私は、その従兄弟さんと、数えるほどしか、合ったことが無い・・・・
しかし、先に書いた、本家としての責任が、父が居ないので、私に有る。
本来、我家は、妹たちの名義に成っている、彼女らが、する行為にも成るが、その自覚が無い・・・・
家督制度が有る時代が、日本国の歴史では長い・・・その間、今では権利が有る兄弟達が、身を引いて、本家が残っている・・・
その人達の思いに答えるのも、当然、有るし、義務と成る。
来訪された人は、弟さんに成るので、〇〇家等々の、歴史も少ししか学んでおられない・・・
娘・孫・孫嫁。ひ孫を伴われた、理由も察しが出来る。
従兄弟さんが、教わった、聞いていた事と・・・私が知っている事の、すり合わせも有る。
何故、宮崎、油津の地に、今居るのか???・・その理由も有る。
我家も、元を質せば・・・分家に成る・・・裏のオッヤンと言っていた家からの別れに成る・・・別れ家の為に、当然、田畑等も、少しは頂くが・・・・一兆部程度で、兄妹、四家族が、生活は出来ない。
私の祖祖父母の時は良いが、その子供の時代は、一兆部を四人で分けて、生活等出来ない。
結果、私の祖父の嫁、祖母の父を頼って、商売の道に、二人の兄弟が、進まれたことに成る。
姉は嫁るので、弟を一人、この地に残して、熊本は芦北地域で、商売を学び、宮崎は日南・小尾と、別れて、商売をされていた事に成る。
屋号は、筑後屋・・・しかし、先の大戦で、波乱万丈が始まる。
私の伯父は戦死・・・・伯父の妻と・・・三歳程度、私の父・・・・祖父は50歳程度に成る。伯父が返って来る、之を信じて守っていた、商売も、たたむことに成る。
小尾を後いして、祖母の父方に身を寄せる・・・・祖父には商売で得た、山も有るし、田畑も泉等々に分散して有る。
老後は、幼子を育てなたら、地権者として、生きて行く事を考えられていた様だ・・・
しかし、敗戦・・・その後、農地解放令が施行される、小作人が、地権者と成る、政令に成る。
柳川には・・・祖母の父方の家、田畑も有る。それを、祖父の末弟が、管理している。
元々の田畑と、合わせて管理している事に成る。
しかし、末弟の妻の、兄妹等々が、その土地に住み着いている・・・日本人なら良いが、日本人でない、権利を主張する事は容易に、解る。
結果、芦北の地から、長兄として、柳川に帰る事に成る・・・当然、他の地に有る、田畑が広かったが・・・・・妻の実家の土地・・・それを守る思いが強かったし、それが、我兄弟が占有する、この行為が許されないと、祖父は思ったと思う。
私も、この事を知らないので、祖父は欲深い人と思っていたが、理由を聞くと、私が考える、筋論からすれば、祖父の好意は、理解できる。
結果、国を訴える形での裁判に成る。裁判費用は、農地解放に影響が無かった、山林を売ってになる。
当然、負ける・・・・
少なくとも、妻の里の土地だけは・・・この思いが適えなかった事が、祖父の食いだと思う。
日本人としての筋論が通じない・・法律の壁・・・
土地には先人たちの思いが籠っている・・その思いに答えるのが、後世の責任と私は捉えている。
この思いが有るので、この地に居た人たちに対しての責任が有るとも考えている。
我一族は、何故か、先駆的、行動振舞いをする、血筋の様だ・・・壁を突破する・・・しかし、その後は・・・・・
餅をつき、丸める立場・・・食う立場は別の一族に成る・・・・
色々、古い歴史を調べると、この傾向が、我一族には有る様だ・・・・
祖父の振舞いも、周りから、先香典と、よく言われ居た様だ・・・・奉仕、人助け等に、見返りがない、香典と題して、言われていた様だ・・・・
祖父が、後世に残した部分が、私は解る気がする。
お金儲け等々より、大事な事が有る・・・
勿論、祖父の行動が、その後の父に傲慢さ、力が有るという誤解を、与える事になるが・・・
父は、有る力が有る親族から、大金を借りて、商売を始めた、しかし、父の傲慢な姿が、原因と思うが、その人が、来て、借用書を目の前で、破られたとの事・・・
父は、自分の力に恐れてと思っている。
私は、祖父の、過去の振舞いに対しての、振舞いを、父に見せる為にしたと考えている。
その人から、私が二十歳の時・・・・「お前は、祖母方の父に似ている・・・商売・商いを覚えろ・・間違っても父の様になるな」と言われた・・・・その当時は父を馬鹿にしてと、憤慨したが・・・少しは意味が解るようになってきた。
その人も、この地で殿様と言われていたが・・・今は、その〇〇家は途絶え、別の〇〇家に成っている。
何を残すか????・・・色々、見てきて、大事な部分は、この様な先人の生き様を、後世にどの程度、流せるかだと私は考える様に成っている。
先陣の生き様で学ばれる部分が多々ある。
祖父が、戦った裁判・・負けに成ったが・・・結果は、勝者側は、当然、お金に繋がるが・・・結果、〇〇家から、〇〇家に、大きく変わっている。
裁判の勝者、〇〇家が・・次には〇〇家に成っている。
家督制度の、本当の意味は、財産と言う部分より・・・この様な思い、流れ等々を後世に伝える為の、制度と私は考えている。
しかし、一般的には、家督制度が否定されたとなり、この一番大事な部分まで、崩壊している。
家の監督権と言う事だが・・・・不動産、財産等々の監督は、その様な大きな部分を遂行している一部と言う事と私は考えている。
結果、現代は、苗字・・〇〇家・・この部分に価値を見出していない。
之が意味する事は、家の崩壊、家族の崩壊に向うのは必然と考えている。
戦勝国の、一神教的価値観の、弱い部分を、日本格から排除する、策だと私は考えている。
若し、この部分が崩壊すれば、家族・家・一族・地域・社会的集団・国さえも簡単に捨てる、何の為か、自分の欲の為に、この様な世界に向かう・・・
昔で言えば、人心の乱れに成る・・・・守るべきものは、己だけに成る。
個人の不平・不満を、耳障りの良い、言葉で、言い出す世界に成る。
又、それが正しいという、人民に成る。
全ての人が、自分の懐にお金を入れる、この行為が正しい・・・多く居れる人が優秀と言う世界に成れば、正直、人が住む世界でなく、地獄の様相だと私は考えている。
之を避ける為にも、来訪された親族には、色々話した・・・・
この様な部分は、近い人が言っても、耳に痛い為に、聞きにくい・・・遠くて関係性が確りある人が言った方が、聞きやすくなる。
之も、立場と考えている。
子に、親が言っても、聞き耳持たず、これが現実である。
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