親は何の為に、子供を育てるか????之を小学校の私に、母は教えてくれた。
親も何時か老いる・・・その為に、今子育てして、子供に恩を与えていると・・・
その後、中学校の授業で、親は子供を養育する義務が有ると、習ったので・・・其れを親に、言ったら、誰がそんな事を教えた・・・と・・・凄い見幕で、叱られた・・・・私は国が決めていると、勝ち誇った態度で再度、言ったら・・・・国は国、我家は我家と言って、我が地域に有る、児童施設の事を、話し出した。その施設からも、私クラスに、同級生として、通っている。
其れを、母は、親が居ない子供も、国が育ててくれる。先生が教えた事と少し違う・・・親が子供を捨てても、国が確り、子供を育て、社会人として、世に送り出す・・・勿論、国のお金に成る。
之を現実に見ている私には反論できなかった・・・・ワザワザ、苦労して、お金を稼ぎ、子供の教育費等々、無理して親は育てている・・・それを恩と感じない方向に子供を教育している、学校教育に母は、疑問を持ったようだ・・・・
その為に、母は、老いた親は誰が看るのかと私に質問・・・・その当時は老人ホーム等、老人介護等が一般的でない時代・・・・当然、自分達が大人に成ったら、看て行く事に成ると答えた。
母は続けて・・老婆を道端に捨てていて、誰かが手を貸すか????・・・誰も居ない、だから、子供を生み、育てていると言い聞かせてくれた。
その後、私が結婚・・・・私達夫婦に・・・子供を沢山作れ・・・最低でも三人・・その当時は、少子化が問題に成りだした時・・・・・私達に、母は、老いた親等が、夫婦で何人居るかと尋ねれ、数えると、嫁の祖母も居るので、5人・・・・
五人を、私達夫婦二人で、面倒が看れるか????・・・・・当然、私にも嫁にも兄弟が居ると言ったら、その兄弟たちも他の親が必然的に居る・・・又、先の事は解らない、子が先に死ぬ場合もある。
先ずは、自分達夫婦二人で、最低でも5人を今後看て行くという覚悟が有れば、当然出来ない部分も有るので、子供を三人以上作れに成った。
人は将来の予想が出来る、この部分が人である一つの部分・・・予想もしていない事が起きる、予想が甘かった事に成る。
考えれば、母の助言を信じて、五人の子供を授かった・・・上の子供亜たちを、見れば、長男は離婚を一度経験しているので・・・少し巾が広く成るが、現状を見れば、私達夫婦と、若嫁の母と弟を看て行く事が今後必ず出て来る・・・次男は私達夫婦と若嫁の父母に祖母が居る。
三男は、同生中の彼女には、同じ様に、父母と祖母がいる様だ・・・
後二人の子供は、学生なので、マダマダ先の話に成る。
又、その若嫁の、兄弟は????・・・・・居ても近くに居ないこんな状態・・・
自ずと、誰が、若嫁達の父母等の面倒を看て行くか・・・当然覚悟が必要に成ると、子供達には言い聞かせている。
又我家の場合・・・・父母の兄弟は、心配要らない、確りした後継者の息子達が側に居る・・・タダ、私の場合、父は妹が看ているが、限界に成って来ている。、当然、我家に戻す事に成る。
又、妹も、子供を、現代の価値観で教育し過ぎて、エリートにしたが、結果的に妹の老後を見る様な人間には育てていない・・・・その為に、妹の介護も、我が子達には、責任が有ると、言い続けている。
結局、家族で尻を拭く、之が大事だし、出きれば、親族までの尻を拭く・・・之が現代は誰も尻を拭かない方向へ、教育も含め、進めた結果が・・・・家族の崩壊、墓守が居ない・・・親族間の繋がりも無くなり・・・・結果的に、誰も、見向きもしない、之が老後に待っている世界に成って来ている。
先のブログに書いた、人間の勉強をしていない事に成る。
今、私達夫婦の、親は、早く結婚して、早く子供を沢山作れと教えてくれた。
母の介護も、大勢の人が関わる事が出来、看取る事が出来た。また、残っている親達も、今なら、孫に当たる、私達の子供も、足代わりに動いてくれる。
此も、末広がりの人の数が大事に成るし、其れを、少子化の時代だから、母は逆に多く生めと言っていたと思う
何度が書いているが、一人っ子の長男が、結婚・・・・私の友達に成るが・・・・優秀な子供で、結果、東京で就職・・・その東京に住んでいた、女性と結婚、今回家を建てたとの事だが、嫁の実家の土地に立てたとの事・・・・・婿に暮れた覚えは無いと、私の友は言っているが、その言葉の裏には、自分達が、介護が必要に成った時の不安が有るからだと私は思う。
仕方が無い、少子化といわれる時代に子供を作り育てた、将来、子供も取り合い、後継者の取り合いが始まることは、予想できる。
母が言っていた言葉だが、多くの子供を生み育て、国にくれてやる、優秀な子供は一人で良い、後は、凡才でも、親の側に居てくれる子供を育てる事、と、言っていた。
親も人間である、病もするし、老いて行き・・最後は死ぬ・・・・・元気一杯、健康で死ねれば、良いが、その様な死に方は稀・・・・・・
人の手が必要に成った時に、他人様の手を借りる事は、子育ての失敗を意味すると母は言っていた。
基本、「生老病死」この現象は必ず起きる、起きるなら、家族内で、完結させる・・・・・之が人で有ると母は私に教えてくれた。
若し、余裕が有れば、他の家族のお手伝いが出来れば、凄い事に成ると・・・又、母の本望と言っていた。
現代は、苦の部分に目をやらないし、頭から消している・・・・結果、キリギリスの様な振舞いが、格好よく、凄い、生き方に成っている。この説話も、現代では、皆の強力で、最後は皆の強力で仲良く暮らしましたに成っている。
現代の風潮そのもので有る。
何を子供に教えるか、親しか教えられない部分が有る・・・・・
その子供の絶対数が少ないと、教える事が出来ない事まで出て来る・・・・長男には、縁有って結婚、若嫁の弟が障害が有る、その面倒を見る、使命が有ると感じれと私は言っている。
次男には、仕事がキツイ、体も大変と思うが、若嫁の里が農業なら、出来るだけ手伝えと言っているし、百姓経験が無いので、学びに行けと言っている。
三男は、彼女の父親から、畑と田んぼを見に来いと言われた・・・頑張って教えてもらえ・・・・
私達年代や、上の年代の人の思いは解る・・・・田舎の為に、墓守や田畑の守が、有る・・・之を放棄することは出来ない・・・結果、後継者が必ず必要だと思っている人が多い・・・
私は、タマタマ母親がこの部分を昔から私に教えていたが・・・・普通なら、先の事等考えずに、その時の風潮に流され、生きる、之が普通に成る。
結果、今、後継者が居ない事に気付く、時既に遅しに成る。
最後に、母は、人は何人の人を看取ってきたか、之が、一番大事だと言っていた。
一番、キツイ部分に成るが、之を、当然と、笑って、行なえる人間力を付ける事が大事、之が無ければ、内に一杯貯めた状態で、彼の世に旅立つ人が増える・・・強い思いを、この世に残す、良い事なら良いが、負の部分なら、良い事では無い・・・又、負が怨念と成る・・・・
負の連鎖に成る・・・
之が常態化する世の中に成れば、人の足を引張り、人の不幸を喜ぶ、地獄絵図に近付く事に成る。
この部分を何故か教えないし、教える機関の弱体化が問題・・・・
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