私は、恵まれていたのか???・・・・・ホームコースでは、普通にしていた事が・・・・・その外のコースでは、殆ど行われていない・・・・・
ホームでは、定常円での追走・・等々を当たり前のように行っていた・・・・
自然に、各自の好みの定常円の動きや、挙動が出て来るし・・・・自分の車では出来ないのに他の車は出来ている・・・この様な部分で、車作りの方向性を模索したりしていた・・・
又八の字、走行では、振り返し部分での違い等々が、直ぐに解るし、空きスペースで目の前でする為に、違いが好くに解る・・・・こんな、環境だった・・・・
ホームでは、追いかけっこも楽しんでいた・・・・前走が全てを握っている、この事は、大きくOUTに膨らんだら、若しかするとUターンして逆行する、之も有り得る走行・・・・・
コースの中をどの方向に走る、又壁の隙間が有れば、そこを通して、別の道に出る等々、この様な走りで、瞬時に車を止める、又車の挙動を真剣に観察して、何処を目指しているか、等々を読む・・・・勿論、前走は、読みの裏をかく・・・等々を楽しんでいた・・・・
何時ものメーンバーだから出来る事・・・・お互いが癖を知っているので、その癖を潰す、走り等々を知らず・知らずに身に付けたし、逆に配慮の走りも解るように成って来た・・・・
色んなコースに伺うが、1パターンの走りを永遠に続ける、こんな環境のコースが多い・・・・
そのパターン以外は無い世界で・・・・・そのパターンの中での、各自の拘りでスピードや角度等々を求めている感じがする・・・・・
私の目から見える、状況は、綺麗な走行・・・それ以外、何も感じない走りに見える・・・・
其れより、初心者さんが、何時、飛ぶ解らない、ギリギリの操作の方が、面白みを感じるし観ていて飽きない・・・・
何故か、綺麗さを求め過ぎると、結果、自分の綺麗さの走りで、楽さを求め出す、この部分が車から出るので、ギリギリを通していても、感動を対外的に与え難くなる・・・その為に、二周位見学すれば飽きると成る・・・
面白いもので、飽きて見ないと、見たくないから見ないとでは、人の行動が違う・・・・・
前回、コースでよい絡みを続けていた二人に、綺麗な絡み、しかし、面白みが無く、観ていて飽きる・・・・勿論、ツイン的追走も有るが・・・・バトル追走も有ると言って、少し後追いが攻めている、角度、相手に対しての、突く場所・・等々を、色々言っていたら・・・
その様な走りが出来る様になられた・・・・
勿論、車が勝手に走る部分が少ない車だから出来るが、それでも当てない為に、止め等を非常に気にする走りで疲れたと言われていた・・・・
操作側は、汗を流し、必死に操作している・・・之が、結果、見せる走りだと私は考えている・・・
操作側が楽で、全てが、絵に書いた状態の走りなら、見る側は楽しめない・・・・
この部分が、昔、凄腕から言われた、ドリフトは見せる競技、だから何を見せるかが大事だと教えて頂いたが、私は、この部分だと考えている・・・・
安全パイを一杯持って走っている、之を観て感動するか????・・・・私は フ~~~ンで済む感覚・・・・
ドリフトの取り組みの時の、縁した人達が私には、良い人、感謝に成っている・・・
この様な考えだから、異端児に成るのかも知れない・・・・
操作の難しさが、結果としてアピールに繋がる・・・・一般的には考えない方向・・・だから、先輩がドリフトは奥が深いと言われていた部分だと私は考えている・・・
そうでなければ、経験や年期、等々が無意味に成るし、練習を続ける意味も無くなる・・・・
数週間、練習すれば、凄腕と言われる世界なら、誰も、鍛錬等、考えもしない世界に成る・・・
何かが足らない・・・・之を、何時も探し続けてきた
探し出せば、又足らない部分に気付く
この繰り返しで、何年も続けてきている・・・・
形を表現するのか・・・気持ちを表現するのか・・・・この考え方の違いで大きく方向性が変わる・・・・
見せるも 形を見せるのか・・・・気持ちを見せるのか之で大きく違うし、最終的に、感謝と言う部分が変わって来る・・・・・・
この感謝と言う心の動きが有るか・無いかで・・・・回りに対しての考え方も変わりだす・・・・
同じ趣味の仲間か???・・・・逆にライバル・敵か????・・・・・このバランスが変わって行く・・・
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