昨晩、コソレン場で、HIギアでのテスト・・・・良い感じになって来た・・・
私が昔から、不思議に思っていた部分、操作者の表現と、車の動きに矛盾を何時も感じていた・・・
RCは独特な物の発想から、私はドリフトを取り組んでいたが、RCドリフトの世界、何か実車の世界の表現が多い・・・・その表現を聞いて、車の動きを見学すると、言ってある内容と違う感じがしていた。
殆どの人は、解ると思うが、多大に滑らせても車は動かない・・・仮にアクセルONで走らせると表現するなら、アクセルONで車が動くはず、しかし、私の目からだと、多大に回した後のアクセルの抜き側で車が動いている様に見える・・・・
若し正確に表現するなら、無駄に回して、その後の回転落ちで路面を捕まえて走る、理由は、アクセルONでは、路面を捕まえる事が出来ないくらいトルクが大き過ぎて無理の為に、トルクが基本無い、回転落ち側で路面を捕まえて走る走法と・・・・
多大に回せば車が動かない事は、ロール等もしない事に成る。しかし多大にピックUP良く回れば反トルクで車が暴れる・・・・若し之をロールと考えると、私が考えているロールと意味が違う・・・
RCドリフトから、去っていった人達が言っている様に、結局、車を見せるその部分に主眼を置き過ぎている。私は飽きた、実車の方に戻ると言われた人も多い・・・
以前、掲載しているが、ドラックレーサーが滑らせ過ぎて、その後のアクセルを緩めた為に、一気に加速して壁に激突・・・・この部分をRCドリフトは利用している 勿論、RC独特の部分この利用は私も昔、多大に利用していた。
しかし、絡みの中で色んな人の言葉の表現を現実にする方法を模索して今に成っている。
ブラシモーター23T等が普通の時代、ブラシレス4.5Tで走っていた私がその時言われた・・・馬鹿・・・ブラシで2~3万回転の時代・・・・私の車は8万回っていた・・・馬鹿と言われる事は良く解る。しかし、その当時は何万回るが自慢の様に感じていた。
等速時代から、ケツカキに成り、回転の必要が減る流れの中で、不思議に高回転方向に、RCドリフトの世界が流れて行く・・・私が所有していた、高回転モーターを欲しがる人が増える・・私は馬鹿と言われていたモーター、必要性は無い・・・・
しかし、私も高回転が意味が有るのかと、何回か試したが、操作感が乏しいし、アクセルの抜き側で走らせる部分が非常に増える・・いい部分は勝手に路面を捉えて走るために、スピードは簡単に早く走る事が出来るが、逆に止まらない、変化に弱い・・・絡む相手を選ぶ車の様に感じて、即、モーターを元に戻した事が何回も有る。勿論、迫力等の部分は捨てがたいが、完全な自己満足の世界、形を固定して、それ以外は絡めない少し、違うと考えている。
操作側でなく、車の動き、形を重視する流れが、RCドリフトの世界だとすると、パーツメーカーに取っては良い鴨・・・・性能等は殆ど関係ない・・・イメージ、ブランド等で飛ぶ様に売れる・・・・
スポーツの競技でなく、ファッションの競技・・・
ファッションの競技に、スポーツ的、部分も言葉で表現しているように感じる・・・
私は、後付の言葉の方を信じて、今まで行なってきた。
人が早足で歩くほどの速度のRCドリフトの世界・・・本当に、フルパワー・全開のアクセル等を考えるなら、ツーリングの世界の方が良いと私は考えている。
RCの世界で、ドリフトが一番お金が掛からないと私は考え、今まで行なってきた・・・タイヤ一つを取っても使用期間が比べられないくらい長く使用できる。又タイヤの能力・スピードからパワーが要らないアンプ等も易いので十分・・・駆動系も痛める回転でもない・・・・勿論モーターの負荷も少なく温度等の管理も要らない・・・バッテリーも賞味期限切れでも十分・・・・
考えれば考えるほど、お金が掛からないジャンル・・・・・
しかし、現実はこの流れでない、無負荷の高回転・・・モーターの過熱を促進する・・・回転の上下幅も凄い・・・車が反トルクで暴れる事をロールしていると考えている・・・駆動系の寿命が極端に短くなる。
考え様では、お金を沢山使った方が、評価が高い競技・・・・・機能等問わない、一流ブランドで身を固め、スポーツの部分もアピールもパワー源の表記でして・・・・・走行中は、意味が無い部分でそのパワーをアピール・・・・・完全なファッションの世界
之でお金儲けしている所は、良い流れ・・・・・・出せば売れる・・・・
ユーザーは良い鴨・・・其れを助長する流れを、維持する為に色々な事が行なわれている。
之をユーザーが求めている為と、言う人も多い・・・・・ユーザーが全て同じ価値観と成っている。
この流れが基本にあれば、その価値観の頂上に要る人の天下、同じ価値観が当然、それ以外は認めないと成っても仕方が無い・・・
操作側の人を、無視している流れが、当然の世界に成れば、今後の状況も解ると考えます。
ユーザーは増えなく、減る、その中で利を得ようとすると、価格がUP・・・・・
本来、各自、考えが有り、違いが有るのが普通・・・・其れがRCドリフトの世界では認めない・・・・
難しい世界だと考えています。
耳に入る部分は、物を褒める・評価、技量等の部分は殆ど無い・・・有るとすれば車の動き・形・の評価、凄い・・・・之くらい・・・・
心から、出る言葉が少ない・・・・挨拶代わりの褒め言葉・・・本心は解らない・・・女のファッションの争いと殆ど同じ・・・・・
何故こうなるのか、操作部分に興味を持たない・・・・私は操作感が乏しい為と考えている。その操作感が何故乏しいかは、アクセルの抜き・引きで車を走らせている為・・・車の特性が一気に表面に出る・・セットが重要に成り、コースのレンアウト等でも変更をする。しかし、セットで走っている為に、コースの一番、格好よいと思う部分を走るセットに成ってしまい、それ以外は走り難い車、走ることに対して面白みが無い、絡む相手が必要に成り、勿論、価値観が一緒が最低条件、その絡みで楽しみ、同じラインの為に少しでもスピードが速い事が良いこと、勝敗を仲間同士して争う・・・・・・・・・・・同じ価値観が増える事を望むが、結果その中で一番早い事を各自が望む・・・微々たる部分の為に、その部分以外で解り易い・パーツ等での競い合いになる。
全てを形で決め、之が最高を言っているが、結局、変化し難いが、全体の流れで自ずと変化している。
全否定を受けていた、私の車のセットに似ている車が増えている様に感じる。
キャンバー・トー当アライメントに関しては、昔は有り得ないと私の車は言われていた。
鬼キャンが当たり前の時代、フロントがポジる等有得ない・・・
私は、基本、走らせて楽しい車が飽きない・・・・触っている時間が有れば走った方が楽しい・・・・楽しい時間を削って、車を触る感じ・・・・
格好良く言えば、車と対話が出来る、車が教えてくれる・・・・ヤット、車を走らせる基礎の部分に到達できた。車毎に個性が違い、その個性が私に問いかけてきている。
車をねじ伏せる等の表現が格好よく聞こえるが、私は、車と強調した走りを目指している。
各々、考え方も違う・・・走らせ方も違い・・・パワー感も違う・・・その結果が本来のRCドリフトの世界・・・・しかし内情は、殆ど同じということ自体、異質な状態だと私は考えています。
偏屈で異端児に成ってしまうが、独断の考え・・・・・
0 件のコメント:
コメントを投稿