納骨堂へ・・・
名札の、名前変えの依頼が、有ったので、届けた・・・
新たに又、一軒増えたとの事で・・・速攻で作って、届け・・・・
終了・・・・
今年は、小雨が降る中での、納骨堂の当番に成っている。
去年は猛暑の中での当番・・・今年は小雨・・・
今後の村の行く末を、願う場でも有る・・・・
この施設を、管理・運営し、続ける事が、先祖の思いに答えることにも成るし・・・その為には、確りした村のコミニティーが保たれている事も、大事に成るし・・・
この部分を後世へバトンタッチを続ける・・・之を求められている事に成る。
昔は、余りにも当然過ぎて・・・考えなくても続いていたが、最近は、各自、知恵を出して各々の後継者へのバトンタッチが必要に成る。
納骨堂を後にして・・・・ホームセンターへ・・・バイクのバッテリーの6mmボルトを購入・・・・
四男に、色々言っても、意味をよく理解していない・・・ネジで時間をついやするのも、イライラする。
修理は、パッパと済ませる・・・之を私は求めているし、この部分で、意味が無い時間の浪費は許せないと感じるタイプ・・・・
バッテリー端子の、ネジと言って、渡しているが・・・同じ様にバッテリー端子のネジを、下さいと言っても、自分が確保してるネジが何なのかも解っていない様だし・・・・
若しかすると、言葉を理解していない場合も有る・・・最近、若い人と話していると、日本語を知っているのかと思う事が多々有る。
単語や意味を知らないなら、尋ねる・・之が礼儀と私は思うが・・・・知らないままに放置して、話を聞いている雰囲気だけをかもし出している。
本来、バイクが好きで、社外品パーツ等々は、一流の人が、言われるように詳しく話す事が出来るが、
若しかすると、バイクそのものの構造等を理解していないのかも知れない・・・・
「馬に念仏」と言われるが・・・現代は「一流に見えている人に念仏」この方向性の人が増えているかも知れない・・・
この意味馬と言う事をよく考える・・・念仏も趣旨・目的等を考えると、深く意味が解る・・・
何故馬なのか、何故念仏なのか・・・之も意味が有る・・・
本来、仏教は、難信難偈の難しさが有る、人として生まれても難しくて理解でき難い・・・之を、念ずれば必ず適うと言う、方向性に変化したのが、念仏になる・・・・こんな簡単な事と言う意味もある・・
簡単な事さえ、馬に諭しても解らない・・・と言う意味に成る・・・勿論、馬も生命で有るし、生物で有る・・・人と大きな括りは一緒に成るが、人と馬とでは違う、何が・・に成る・・
若しかすると、人には言葉が有るが、馬も言葉が有り、その通訳が要るのかも知れないし、馬には、言葉、意思疎通の、手段が無く、他の部分で、有るのかもしれない・・
又、脱線しそうなので・・・元に戻って・・・
ネジを購入後・・・バイクを復旧・・・・無事にセルも回るようになったし、エンジン始動も問題が無い・・・
之で、バイクは直ったが、四男とその友達には、何も教える事が出来なかった、教えようと努力しても、興味を示さなければ、意味が無い・・・
不思議に、三男の彼女も、車を復旧したら、友達と約束しているので・・・と・・・速攻で、久留米へ去って行った様だ、嫁が話していた。
現代の、若者は不思議である・・・・自分が起した不祥事に対して、処理した人に対して、お礼と言う事を、よく知らない。
去る時には、再度・・・声をかけて、礼を尽くす、之が常識だと私は考えている。
人は、去り際の処置が一番大事になる。之も学んでいない様だ。
その場で、礼をしたから終わったという意識が強い・・・・
この部分は、お店等をイメージすれば解る・・・レジで、お金を払い、お互いが「有難う」で対処している。店を出るときに、再度「有難うございました」之が、耳に入ると、気持ちが悪いか、良いか・・・
日本人の礼に対しての意識が有る・・・購入側も有難う・・この文化は凄い事・・・他の国には無い文化に成る・・・・
全て上下感で物事を判断する、世界と、日本の大きな違いに成る・・・・私の子供も何度が、私に質問をした、何故、購入している方が頭を下げ「有難う」と言うのかと・・・
売る側もかって・・此処に店が有る、之は売る側が作った、売る方が、若し、売らない・商売を貴方としたく無いと成れば、買うことも出来ない。
欲しい物を買うことが出来る、之は必然でなく、偶然・・・もっと深く言えば、奇跡になる。この奇跡の縁を結んでくれた、お店に対してお礼を言う、之は当然の事だと、子供には教えた。
之を不思議と思う、我が子・・・幼い時は親の真似をして、行っていた行動だが・・・少し、成長すると、周りと比べ出す。特に頭を下げる、之を負けと考える価値観が、現実の世の中には有る・・・
結果、疑問が出て、この様な質問をしたと思うが・・・
子供も、何が格好よいかを、学んでいる・・・その格好よさが、威張る、頭を下げない、この方向に向うのが、思春期の頃に成る。
今、思春期、真っ只中の四男がバイトから帰ってきた・・・・斜に構えて、バイクのエンジンを始動して、試している・・・この態度が幼い・・・何か無いかと尋ねると「フ~~~ン」・・・何かと再度尋ねたら「有難う」と斜に構えて、口から吐いた・・・
幼過ぎる・・・しかし、彼達の年齢、今の環境・・・・之が普通だし、格好が良い、対面を保っていると考えている様だ・・・・
この様な態度を、他人様にしているなら・・・親として、ぶん殴りたくなる・・・
親は、自分の子供、どんな仕打ちを受けても、良いと考えている部分が有る・・・しかし、この様な態度、恩に答え方を知らない・・之を見れば、絞め殺したくなる・・・我が家の恥と、私は考えてしまう。
〇〇と言う家の名に泥を塗る・・・先祖に対して、顔向けが出来ない・・・
若いで済む時は良いが・・・彼も高校の卒業が待っている、今後、社会人として、頭を下げる。この行為が、格好よいと思える様に成ってもらいたい・・・之が親の願いでも有る。
三流以下の、レベルだが、大事だし、諺に有る様に「実るほど頭を垂れる稲穂かな」の様に、レベルが高くなれば・・・・・・意識もしないで、之ができる人と言う事になる。
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