2026年7月23日木曜日

31日目

 今日で今回の入院が一ヶ月になる。何度か書くが、体調が悪く感じるようになって十年以上、その間は近所のクリニックに通院して、処方して貰った薬を飲み続けた。結果が、この状態・・・完全に倒れ、クリニックでは対応できないという事で、我市の一番大きな病院へ・・・頭の問題と、色々検査されるが答えが出ず、血液ささらの投薬を頂き帰ってきた。安静にしていると、その病院に大学病院から来られている、女性の先生から電話、症状等を加味すると、ネフローゼ系の病の可能性が有る。今から、体重の変化を日に出来るだけ多く調べて報告という事に成り、報告、女性の先生からネフローゼの疑いが強いので、八女の公立病院に入院の指示、その病院には大学の繋がりが有るとのこと、簡単には大学病院には受入れて貰えない、前準備の病院も居る。入院後、組織検査等を経て、指定難病と成った。医師は、血管が壊れているので、一日も早く透析をと諭し続けたが。国費・国民の税金を使うのが私は気に入らず、拒否し続けた。此が61歳当時の私・・・正直に有る事は出来るし、ギリギリ生きて行ける頑張り続ければ先は明るいと思っていた。しかし、現実はその後、仕事も真面に出来ない・・・仕事に行きだしていたので生活の維持は出来たが、私の本心とは違う、嫁はて家に居て、亭主が稼ぐ、此が出来なければ、亭主でも夫でも無いと私は考えている。その後、体の劣れが一段と進み、周りには覚られない様にしていたが、最後の墓参りと、家族が起きているとき出るとで反対されるので、早朝より出発、数度の信号待ちで、125CCのスークターを支えきれず転倒、バイクを起すにも一難儀、この様な状態で向っている最中に、川の土手から転落・・・・早朝のため土手上を歩いている人は居ない、しかし、タマタマ散歩中と言う人から発見され、今回も八女の公立病院に運ばれ、直ぐに大学病院に転院、此処までが一つとしての私の記憶、転院後、その夜に、大量吐血、一瞬にして意識を無くして、その後のことは嫁の報告で解る程度・その数ヶ月間、医師・看護師・介護師・家族、特に嫁、絶対に死なせないという思いが今私が生きて居ることに繋がっていると思う。此が二年くらい前、出来るだけ、体を普通に戻したい、しかし、普通が私の場合難しい、衰えていく病、勿論体力が、先は予想できるだけの情報はあるので、ある程度の予想はしている。今日は透析日、心臓近辺の血管の増強を考えていくことに成る。体は不健全、しかし、心は健全で有りたいと願っている。


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